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2024年 02月 03日
「ヴェスパーズ」お前もか!
「Jass at Ohio Union」以外のジョージ・ルイス(cl)のおすすめ盤は?と問われて、「Jazz at Vespers」(録音1954年)を挙げる方は多いかと思います。教会での録音であり、Vespersとは晩祷(ばんとう)、夕べの祈りのことだそうです。神秘的・幻想的な深い残響の中、沈み込むようなゆったりしたテンポで進行する精妙なアンサンブルは、「スピリチュアル・ジャズ」の先駆として挙げられることもあるようです。
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自分もLPレコードで聴き馴染んだこの美しい演奏ですが、いつのまにかJazzology Records(Amarican Musicレーベル)から未発表テイクを含めた完全版CDで再発されていて(1993年)、さらには現在Youtubeで聴けることに気付いたため、通して聴いてみました。

Youtubeプレイリスト(アルバム全曲)

例えばこれとか。

LP版(Riverside盤)に無かったこうした未聴音源↑の存在(1956年初発売時のマイナーレーベルEmpirical盤の収録曲だそうです!ほぼテーマを吹いてるだけですが)にも興奮しつつ、ああやっぱり良いなあ・・・と感じ入った次第です。

しかし何曲か聴いたところで、さて俺も塩ビ管サックスでひとつ合わせてみよう笑、とコード音をぽつぽつ吹き始めたところ、

ん?キーが半音低い?キーA?

えっ次の曲も半音低い?キーD?

なにこれ??「聖者の行進」(通常はキーF)でキーEはさすがにあり得ない笑

讃美歌では(鍵盤伴奏が標準のためか)キーGなど様々な調性の曲があるようですが、本件録音は聖歌隊との共演があるわけでもないジャズバンドのみの編成なので、手慣れた曲(大抵はキーB♭、F、E♭、A♭)を全部わざわざ半音下げて稀有なキーA、E、DやGで演奏すべき理由があったとは考えられません。また、たとえ共演者が居た場合であっても、このバンドが手慣れた曲を半音下げて演奏した例は寡聞にして知らず、おそらく絶無と思われます(調べてませんが)。半音下げるという器用な対応は、たとえ他のメンバーには出来ても、1892年生まれの老兵ジム・ロビンソン(tb)さんにはハードルが高そうだからです。

とすると、どうやら長年にわたり世に出回っている「Jazz at Vespers」収録の大半の曲は、再生速度(ピッチ)が誤って遅く設定されているようです。原盤から採録した際の回転あわせが甘かった(採録時の原盤側の回転数が遅かった)ものと思われます。

事態を把握すべく、このYoutubeのアルバム全曲につき鍵盤(中古カシオトーン)と比較したところ、全12曲中
 3. Just a closer walk with thee(キーB♭)
 7. Take my hand precious Lord(キーA♭)
の2曲だけ合格で、他の10曲は全て不合格(通常のキーよりもほぼ半音低い)!でした。低さの程度はこれら10曲の間では同等でした。というか、2曲のピッチ誤りに気づいて修正した制作者は、他の曲も修正して頂きたいですよね(怒)。

70年近く前の1956年に発表され、米国のほか英独日仏でも発売されてきた実績(Discogsによる一覧)のある「ヴェスパーズ」ですが、これほど人気の高い重要音源の再生速度(ピッチ)が、実は現在に至るまでずっと狂ったままだというのですから、これは「灯台下暗し」というか・・・結構まずい状況です。半音ものピッチずれは、演奏をコピーないし分析しようとする演奏者にとっては顕著な障害だったのではないでしょうか。

さて、以下DIYによる解決です。別稿「徳間Dan盤バンク・ジョンソン他、再生速度が遅かった模様(LP・CDとも)」と同様にフリーソフトSoundEngine Freeを使い、再生時間を95%に縮めることで再生速度を上げ、修正版を作成してみました(素材は手持ちの1957年Riverside盤LP音源、ハムノイズすみません)。

例:「Just a little while to stay here」一般的なキーはA♭(George Lewisはほぼこれ)あるいはF(Paul Barbarin等)
 [1]流通版。タメの大きいリズムが荘厳な雰囲気とも言えますが、キーはG??(通常あり得ない)
 [2]修正版。キーは普通にA♭です
こうして再生速度をびっちり修正した音源を聴くと、長年慣れ親しんだ切々と訴えかけるような情感はかなりが再生速度の遅さに起因した幻影であったこと、実際には思っていたよりも少し速いテンポで歯切れよく演奏されていたことがわかり、なかなか新鮮です。この速いテンポは同年(1954年)のコンサート録音である「Jass at Ohio Union」の一連の演奏と共通しており、そうか実は同じ調子でやっていたのか!と膝を打つ結論でもあります。アルトン・パーネル(p)のソロなど益々ダイナミックで、入道雲を越えて羽ばたく(歌詞のとおり)かのようですね。ジョー・ワトキンス(ds)のヴォーカルが思ったより甲高くて、若い!というか、あの艶やかな低音の美声の印象は誤りで、本当の声は少々チンピラ感の入ったダミ声だった?うへえ信じたくない・・・笑

  *  *  *

この種の再生速度の誤りは時々ある現象らしく、その多くは「回転数80rpmや82rpm等で録音したSP原盤を不適切にも78rpmで再生しながらダビングする」ことによって生じるそうです。ネット上ではこの問題に関して秀逸な考察がありました("Louis Armstrong's‘Cornet Chop Suey'(1926). What key is it in?" Norman Field 2005)。結構初歩的に見えるこうした欠陥の発見や修正が、いまだにリスナー側に丸投げされたままというのは驚きです。


by jazzboilers | 2024-02-03 10:25 | ディスクレビュー


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